フィルムカメラのようなルックスのフルサイズミラーレスカメラ「Z f」が、2023年9月に発表されました。大きな特徴が、モノクロ専用レバーと、新たなモノクロのピクチャーコントロールです。写真家のFujikawa hinanoさん(@nanono1282)に、「Z f」のモノクロ機能とオールドレンズによるポートレート撮影のポイントや表現について教えていただきます。
※本記事では、フィルムカメラ用に作られたマニュアルフォーカスのレンズをオールドレンズと呼んでいます。
こんにちは、写真家のFujikawa hinanoです。私は普段フィルムカメラを中心に愛用していて、日常と非日常の中にある曖昧さ、そして感情を丁寧に表現したいと思い、日々撮影をしています。
モノクロも好きで、叙情的な表現をしたいときや、シンプルな表現をしたいときはモノクロで撮影したくなります。
これまで、モノクロはフィルムで撮ることがほとんどでしたが、今回は「Z f」のモノクロ機能とやわらかい描写のオールドレンズを生かして、ポートレートにおけるモノクロ撮影のポイントを私なりに紹介したいと思います。
※掲載しているモノクロ写真は、撮影後に露出などの調整をしています。
モノクロ表現の特徴や魅力
「叙情的な表現をしたいときや、シンプルな表現をしたいとき」にモノクロで撮るとお伝えしましたが、モノクロの特徴や魅力として、以下などが考えられます。
①被写体により目がいく
撮影のとき・写真を見るとき、カラーでは主題より印象の強い色に目がいったり、色の多さに視線が散漫になることもありますが、モノクロで色情報がないことで主題をより見つめることができます。
②抽象的表現がしやすく、ストーリーが生まれる
モノクロは普段見えている世界とは異なり、非現実的で抽象的になると感じています。
例えばこの写真、実際には色がかなり多いシチュエーションです。カラーではかわいくガーリーな印象になりますが、モノクロではかわいい印象は強く出ず、さびしさなども表現できます。「どういう状況なのか・表現なのか」を第三者が考える余地もあると思います。
自然と想像が膨らむことで、写るものの背景やストーリーまで想像が広がると考えています。
③天気に左右されない
晴れの日に撮影
天気がカラー写真に与える影響は大きく、晴れていれば明るい・爽やかといった印象、くもりであれば落ち着いた印象になりやすいです。その点、モノクロでは天気に左右されず、撮影イメージを表現しやすいと感じています。また、「空の色はどんな色なのか」「晴れているのかくもりなのか」など、見ている方が想像できる余白が生まれます。
撮影をはじめる前に大事なこと
ポートレート撮影では、ロケーション・モデルさん・衣装は重要なポイントです。私は、撮影前にざっくりですがイメージを考え(今回は「色のある世界からない世界」)、それに合うように決めていきます。その中で、モノクロならではのポイントを紹介したいと思います。
モノクロに合ったロケーション選び
モノクロでは、“楽しそう・かわいい”より、自然が多い環境や雰囲気がドラマチックな環境を選ぶことが多いです。今回は、河川敷の緑地と花屋さんで撮影しました。
撮影地:河川敷緑地
自然豊かな場所は、シンプルな状況なので人が際立ち、叙情的な表現に向いています。
撮影地:花屋 ※押上にある「NOT FLOWER」にて、許可を得て撮影しています。
あえて色彩の多い環境である花屋さんにお願いをして、モノクロ撮影にトライしました。カラフルな明るい世界はモノクロではドラマチックになり、花の形をしっかり見るようになったのは発見でした。
モデルさんを決める際のポイント
モデル:麗 怜衣さん
モデルさんは、SNSなどでイメージに合う方に声がけしています。
今回は、たくさんの花を使った撮影にしたかったので、少女感もありながら少し不思議な雰囲気もある方にお願いしました。彼女であれば、「かわいい」だけで終わらない、モノクロ撮影ならではのストーリー性や抽象的表現ができると思いました。
モノクロでのトーンを意識した服のセレクト
モノクロ撮影では服のシルエットを重視しています。動きが出やすい服であればバリエーションが増えるので、動いたときに広がるものをお願いしました。
色については、明るい色は白っぽく、暗い色は黒っぽくなります。「人物を際立たせるには白く写る服を」(今回は白い服)、「ダークな雰囲気にしたい場合は黒く写る服を」と、どういった写真を撮りたいかで考えます。
モノクロ撮影の機材・設定のポイント
フィルムカメラであれば好みの仕上がりのモノクロフィルムを選びますが、デジタルカメラの場合は好きなテイストのモノクロ表現ができるかが大事です。
【機材】モノクロ表現に優れたカメラ+オールドレンズ
カメラ:中間グラデーションも表現してくれる描写性能、そして、好みのモノクロモードが用意されているかがポイントです。
今回使用した「Z f」は、3種類のモノクロのピクチャーコントロールがあり、微調整もできます。また、MF時に被写体を検出してくれる機能があるため、オールドレンズでのピント合わせが非常にしやすいです。
レンズ:オールドレンズで特に開放F値で撮影すると、やわらかく、モノクロの繊細さを表現できます。今回メインで使用した「Nikkor S Auto 5cm F2」はやわらかい描写とボケ感が魅力的で、普段からフィルムカメラでも愛用しているレンズです。
※ Z f にオールドレンズをつけるには、マウントアダプターFTZやFTZ IIを装着する必要があります。AI改造済みのNikkor S Auto 5cm F2やNikkor-S Auto 35mm F2.8でなければFTZやFTZ IIに装着できませんので、ご注意ください。
「Z f」のモノクロモード3種類の特徴
コントラストや質感など、モノクロを自分でゼロから調整して作りこむのは難しいため、カメラ側で何種類かモードが用意されているとありがたいです。「Z f」では従来のモノクロームに加え、2種類のピクチャーコントロール(フラットモノクローム、ディープトーンモノクローム)が追加されました。この3種類で、ほとんどの場面で合うものが見つかると思います。
左:モノクローム、中央:フラットモノクローム、右:ディープトーンモノクローム
モノクローム:コントラストが高く、デジタルらしいはっきりした印象です。
フラットモノクローム:白から黒までのトーンがやわらかく、全体的に優しく明るい印象になります。
ディープトーンモノクローム:白部分もグレー気味になりながら、黒つぶれ感の少ないダークトーンで、全体的に落ち着いた雰囲気に。また、陰影感が高まり青空は暗く、赤色が明るめに再現される特徴があります。
モノクロでは暗めな雰囲気で撮りたいことが多く、オールドレンズでやわらかい描写になることを考慮すると、適度なコントラストと全体的に落ち着いたダークトーンになる「ディープトーンモノクローム」が自分の表現に合うと感じました。
なお、RAWで撮影するとカラー情報を残すことができ、後からモノクロのピクチャーコントロールを変更することもできます。ちなみに私は、「モノクロで撮る」と決めているときはJPEGでカラー情報を残さずに撮影しています。
ミラーレスカメラでのモノクロ撮影のしやすさ
ファインダーやモニターに設定したモノクロモードが反映され、どのテイストがマッチするかをその場で確認できるのはメリットとして大きいです。実際に撮影しながらイメージが変化することもあり、モノクロモードを変えてみると新しい発見もあります。
【設定】露出調整で繊細さを表現
露出:モノクロは露出設定が大事で、「白とびや黒つぶれをさせない」「光と影の絶妙なグラデーションを表現する」ことを意識しています。白とびしないように適正露出から少し暗めに撮影をして、編集で露出の微調整を行っています。
F値:オールドレンズは開放で撮ることで、やわらかい描写になります。さらに「どう撮りたいか」で使いわけます。
- 開放:前ボケを入れたいとき、寄って主題を際立たせたいとき
- 絞る:全体をしっかり写したいとき、動きを撮るとき
フォーカス:オールドレンズはMFです。どこにピントが合うかでまったく別の写真になるので、特に気をつけています。
モノクロポートレートの撮影のポイント
実際の撮影はモデルさんと相互に作っていくもので、撮っていく過程でモデルさんの表現によって変わることも多いです。
その中で、背景・シチュエーション選び、モデルさんの表情や仕草、ストーリー性をより膨らませるためのポイントを紹介します。
背景・シチュエーション選び
自然豊かな河川敷緑地と花屋さんで撮影しましたが、撮影イメージに応じて背景・シチュエーションを決めていきます。
空:空を背景にするとシンプルで、より主題に目がいきます。余白を作りやすく、「空の色はどんな色なのか、晴れているのかくもりなのか」見ている方が想像できる余地があります。
空のみを背景にするには、ローアングルがポイントで、高低差があると撮りやすいです(このときは、堤防で高低差を生かしました)。
自然豊かな場所:シンプルなので人物にフォーカスした撮影ができ、ナチュラルな雰囲気の写真が撮れます。大きな木はインパクトのある形状なので、アクセントとしても効果的です。
草むらでは、人がグレーの環境にまぎれて、同一トーンの絵のような表現になります。このときは、モデルさんがウサギのように草むらの中に隠れてくれました。
壁:モノクロでは、情報が多い環境でも統一感が出せます。また、壁にたくさんの絵や模様などがある場合、アクセントとして生かせます。
こちらは、花屋さんの入り口です。カラーであればほっこりした写真になりそうですが、モノクロでは映画のワンシーンのように表現できます。
床:アングルの変化を作れます。シンプルな背景に花を置くなど要素の調整がしやすいのが特徴で、カラーでは床の色・服の色・花の色などのバランスを考える必要がありますが、モノクロは統一感を出しやすいです。
置画のようにすべての高さを合わせて撮影したり、奥行きを作って前ボケを入れながら撮るなど、バリエーションもあります。
鏡:モノクロの抽象的な表現に合うシチュエーションです。鏡にピントを合わせると手前に入るものが前ボケになり、オールドレンズのやわらかい描写が生きます。
花のある環境:カラーでは明るく朗らかなシチュエーションも、モノクロではドラマチックやミステリアスな雰囲気に。引きでは花の色の違いによりモノクロの階調が生まれ、寄りでは花の形がより生きます。さらにモノトーンの中で「その花が何色なのか」見る人に想像を委ねる表現ができました。
モデルさんの表情や仕草
モノクロは情報が少ない分、モデルさんの表情や仕草が際立ち、ストーリー性や抽象的な表現に大きく関係します。
左の写真では、花が少し目にかかるようにして、「目線は遠く」のイメージでまっすぐ向いてもらいました。右の写真では、「ここから抜け出す」ように走ってもらいました。
元々ポージングの指定はあまりしませんが、モノクロで撮影するときは「その人」をより撮りたいときなので、カラーの作品撮りのときよりも自由に動いてもらうことが多いです。目線の動き・動いている途中・髪を耳にかける仕草など、その人の動きの中でふと垣間見える、着飾っていない「その人らしさ」が写るときに魅力を感じます。
この2枚はモデルさんが自発的にしてくれた表情や仕草です。
左の写真は、雰囲気はかわいらしいのに、こちらをじっと見つめる目線が強くてギャップに惹かれました。右の写真では、その先に何かあるように手を伸ばしてくれました。
こういった撮影の中で生まれる表情や仕草から、モデルさんと一緒に作品を作っていきます。
見る人のイメージを膨らませる抽象表現
カラーでは1枚ずつ強さが出て、モノクロでは複数枚での表現が叙情的になると感じています。そのため、モノクロでは意図的に抽象的な写真や、仕草やパーツのカットを多めに撮るようにしています。
すべてを写さずに一部だけを写したり、ブレていたり、ボケていたり、なんでもない風景だったり。そういった写真を入れることで、複数枚で見たときにストーリーに余白が生まれ、見る人の解釈を広げられると考えています。
撮影アイテムによる抽象的な表現
この写真では、透明なアクリルキューブをレンズ前にかざして撮影しました。アクリルの反射で、外部の光を取りこめるので、抽象的な写真がより曖昧な雰囲気になります。シンプルな場所でも幻想的な表現ができるのも特徴です。
PHOTO GALLERY
最後に、作品ギャラリーをお届けします。
多くの花に囲まれているのに少し不安げだった少女が、最後は花を1輪にして力強く前に進むイメージを表現しました。
Photographer's Note
元々モノクロポートレートがとても好きで、特にフィルムでは階調が美しく、「モノクロ写真こそフィルムでないと自分が求めている繊細な表現ができない」と思っていました。ですが、今回使用した「Z f」のモノクロ性能は私の想像を優に超えてきました。
意識をモノクロに集中させてくれるモノクロ専用レバー、そして新しく加わった2種類のモノクロモードは今まで見てきたデジタルシミュレーションのどれよりも描写が繊細でした。
デジタルカメラの場合はレタッチありきで撮影するのですが、今回はほぼその必要がありません。「モノクロの世界に没頭できるカメラがこんなに楽しいのか」と感じました。
ぜひみなさんも「Z f」を手に、モノクロ撮影にチャレンジしていただければと思います。
ベストショット
河川敷で花束を持ちながら自由に動き回ってもらっている中で、モデルさんが自然に寝そべってくれました。風が吹く河川敷の芝生の隙間から見える、花の匂いを感じているモデルさんがあまりに幻想的で美しくて。時間も忘れて夢中で撮影してしまいました。モノクロでいちばん撮りたい「その人」の自然な空気感が写せると、とてもうれしくなります。
「Z f」を使ってみて
- デザイン:シンプルながら洗練されています。人工皮革、真鍮ダイヤルもフィルムカメラのようで、見た目の高級感・使っていく中で経年変化が楽しめそうなのも魅力的でした。
- 持ちやすさ・操作性:グリップがしっかりしていて撮影しやすかったです。カメラを縦にするとモニターの表示も縦に変わるのは、スマホに慣れている感覚からすると自然で便利でした。バリアングル式画像モニターも、低いアングルから縦写真を撮るときに重宝します。
- モノクロ:専用レバーがあるのが最高でした。メニュー画面からモノクロモードを選ぶより、レバーで一気に世界を変えられるので、撮影に集中しながらモノクロの世界に没頭できます。新しく追加された2種類のモノクロモードは描写が繊細で、さらにオールドレンズと合わせることで曖昧な表現が叶いました。
もちろん、デジタルとフィルムでは粒子感などが違うのでまったく一緒というわけではないですが、私がモノクロで撮るときに求めている「階調表現」に関しては、フィルムと遜色のない表現力の高さを感じました。
- オールドレンズとの組み合わせ:やわらかく、大げさすぎないボケ感が気に入っています。それでいて、絞るとしっかりクリアに写してくれます。私が使っているのは非Aiレンズ(改造済み)でとても古いもので、最新のNikon機に装着して撮る写真というのは、Nikonの歴史と最新技術で表現される新たな写真表現だなと感じました。
Model:麗 怜衣(@uruwashirei)
撮影協力:NOT FLOWER
東京都墨田区京島2-5-7
https://notflower.com/
https://www.instagram.com/notflower___/
※ Z シリーズカメラでNIKKOR Fレンズをご使用するにはマウントアダプターFTZやFTZ IIを装着する必要があります。
※AI改造済みのNikkor S Auto 5cm F2やNikkor-S Auto 35mm F2.8でなければFTZやFTZ IIに装着できませんので、ご注意ください。
※フォトグラファーの作品性を尊重して機材を選択・撮影しています。
Fujikawa hinano
Instagramで作品を投稿。グループ展やメディア執筆など、幅広く活動中。「日常と非日常の中にある曖昧さ、そして感情を丁寧に表現したいと思っています」