写真家 岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

美しい四季の風景やノスタルジックな世界観が多くの人を魅了している写真家・岩倉しおりさん(@iwakurashiroi)。四季をテーマに、季節ごとに構成された写真集『さよならは青色』が話題を集めています。空気や音まで伝わってくる、なぜか懐かしくて記憶や感情をやさしく揺さぶるその写真は、どのように撮られているのか? そして、どんな気持ちでファインダーをのぞき、シャッターを切るのか、岩倉さんの写真への想いをうかがいました。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

 

―写真集『さよならは青色』がとても人気ですね! 反響はいかがですか?

岩倉:予想以上の反響にびっくりしています。たくさんの方に手に取っていただいて、そして写真集のことをSNSで共有していただいてとてもうれしいです!

前々から写真集にまとめたいという気持ちはあったんですが、自分やまわりの環境が変わっていく“時代の変わり目”を肌で感じて、このタイミングで出そうと決めました。

写真はほとんどが2~3年前のものなんですが、5~6年前に撮影した写真も入っていて、自分のこれまでを詰め込んだような一冊です。トレーシングペーパーのような透け感のある紙を季節の扉として使ったり、外で写真集を見たいというご意見をいただいていたのでバッグに入るサイズにしたり、こだわりも詰め込むことができました。学生さんにもぜひ手に取ってほしいと思っています。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

 

 
―岩倉さんの写真を見ていると、学生時代の甘酸っぱい記憶と重なったり、戻ってこないあの頃という感じで少し切なさを感じたり、なぜか「懐かしい」という気持ちになります。

岩倉:「懐かしい」ってよく言われますね。でも、意識して撮っているわけではないんです。カメラは常に持ち歩いていますが、感覚的にスイッチが入ると気づいたらシャッターを切っていて…。身のまわりのことを撮っているだけなので、何でそう言われるのか自分でも不思議なんです。

―本能的にシャッターを切っているんですね! 四季の風景がとてもきれいなのですが、「四季」もあまり意識していないんですか?

岩倉:自然風景はすごく好きで、大人になるにつれて「四季が美しい」という気持ちが強くなっているのですが、最初は「四季を撮ろう」とシャッターを切っていたわけではないんです。住んでいるところが自然豊かで、意識しなくても季節の風景が写るんです。それをSNSにリアルタイムでアップしていったので「四季」というイメージが定着したのかもしれません。あと「青色」は好きでついつい探して撮っています。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

 

 
―「青色」は写真集のタイトルにも入っていますね。『さよならは青色』にはどんな想いが込められているんですか?

岩倉:このタイトルは、以前からお仕事でご一緒している詩人の文月悠光さんにお願いして考えていただきました。伝えたかったのは、過ぎ去っていく記憶なんですけど、さみしさだけではなくて、青くきらきらした感じ…。これで終わりではなくて、これからも続いていくという想いを込めたかったんです。

そんな思いのたけを文月さんに伝えたら、「すぐ思いつきました」とこのタイトルを送ってくれました。それを見た瞬間「これだ」ってなりましたね!私は言葉を考えるのが苦手なので、文月さんにお願いして本当によかったです。

―写真集やSNSの写真に添えられた言葉はとても素敵なので意外です。

岩倉:自分の感情に対しての言葉がわからなくて…。がんばって近い言葉を考えるんですけど、「これでいいのかな」と思いながら投稿しています。それに比べると写真の方がイメージしたものを形にできるかなと思いますね。でも、現像された写真を見るたびに、今も落ち込むことが多いんです(笑)


SEASON 1 岩倉しおりさんと「写真」との出会い

~『さよならは青色』 “春”の章より~

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」大きな桜の木は夜になると豆電球が灯る…海も町も見下ろせる大好きな場所。

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」春ふわり。桜を前ボケにして、ふんわりとした春らしさを。

 

―写真は、いつ頃から始めたんですか?

岩倉:高校のときに写真部に入ったのがきっかけですね。と言っても友達の付き添いです。本命は運動部だったので、写真は全然やる気がなくてほとんど幽霊部員でした。

でも、そうしているうちに部として参加する写真コンテストがあって、顧問の先生に「絶対フィルム1本は撮らないとダメだ」と言われて、しぶしぶ撮ったのが最初ですね。

私はカメラを持っていなかったので部にあったフィルムカメラを借りて、河川敷で遊んでいる子供に声をかけて撮りました。そのとき撮った写真は今も残っていますよ。

―記念の1本目ですね! しぶしぶ始めた写真ですが、撮ってみてどうでしたか?

岩倉:すごく楽しかったですね。特に楽しかったのが“現像”です。写真部では自分で現像までするんですけど、液に浸して浮き上がってくる感じがおもしろくて。写真にはまったのはそこからです。運動部も続けていましたが、3年生のときには写真部の方がメインになっていました。

―しぶしぶだったのが、すっかり写真に目覚めたんですね!

岩倉:
高校卒業してからも写真は続けていて、本格的に学ぼうと思って大阪にある専門学校のオープンキャンパスに行きました。

実際に撮影して現像するというワークショップがあって、そこで担当していた先生に自分の写真を見せたんですが…。先生から「ここでは技術は学べるけど、センスは学べないよ」と助言をいただいて、独学でやっていくことに決めたんです。

 

 

SEASON 2 写真のインスピレーションは“映画”から

~『さよならは青色』 “夏”の章より~

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」私の好きな青白くなる夏の時間。風鈴の音と夕暮れの風が心地いい。

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」夏の夜のベランダで。ずっといるわけじゃないアパートでの写真をたくさん残しておきたくて。



―独学でやっていく上で、参考にした人や作風などはありましたか?

岩倉:写真を見ることは好きなんですが、それを参考にしようとは考えていないんです。写真はもう完成されているので、ただの真似になってしまうと思っていて…。

それよりも映画が好きで、私の写真は映画からの影響が大きいと思いますね。映像はシーンがずっと動いていて、「ここで停止したらいい光景になるな」というのを見ていて感じるんです。特に邦画をよく観るんですけど、日本の風景が好きなのと、特別に何も起こらない感じがすごく好きで。淡々と日常が流れていくのを見ている方が写真意欲が湧いてくるんです。

中でも、岩井俊二監督の作品『花とアリス』を見たときは、その世界観に衝撃を受けました。この作品からいろんな映画を観るようになりましたね。岩井監督のカメラワークがすごく好きで、「こういう写真を撮りたいな」といつもインスピレーションをもらっています。


 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project


 

―岩倉さんが撮影した映像も拝見しました! 映像と音楽の調和がすごく素敵で、空気感がより伝わってきます。

岩倉:映像もできたらいいなと合間合間で撮っています。スマートフォンで撮ることが多くて、haruka nakamuraさんの『アイル』のMVではほとんどがスマートフォンで地元の香川を撮った映像なんですよ。

 

haruka nakamura『アイル』MV

 


岩倉:
音楽も普段からよく聴いていて、haruka nakamuraさん、青葉市子さん、香川県で活動されているHideyuki Hashimotoさんがとても好きですね。音楽から写真のインスピレーションを受けることも多くて、部屋や外で撮るときに「こういうイメージで撮りたい」というシーンに合った音楽をよくかけています。そうするとよりイメージが膨らむんです。



SEASON 3 フィルムカメラで撮り続ける理由

~『さよならは青色』 “秋”の章より~

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」きれいな光と影を落ち葉にも映して。

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」紅葉に囲まれるように。真っ赤に色づく前の黄色の時期がとても好き。



―岩倉さんの写真は光がすごくきれいでフィルムの風合いととても合っていると思いました。カメラは高校からずっとフィルム一筋なんですか?

岩倉:高校で借りていたカメラは卒業のときに返して、「さて何を買おうか」と思ったんですが、機材にこだわりがなかったのでデジタルカメラを購入しました。

でも、あまりおもしろくなかったんです。高校のときはおもしろかったのに、「何でだろう?」って考えたら、もしかしたらフィルムからデジタルに変わったからなんじゃないかなって…。

それでフィルムにしてみたら、やっぱり楽しくて!自分はフィルムカメラが好きなんだって、あらためて気づきました。それからはずっとフィルムカメラですね。

―おもしろさを気づかせてくれたフィルムカメラはどんなものだったんですか?

岩倉:その当時トイカメラがちょっとしたブームで、フィルムのトイカメラを買いました。独特な色味がおもしろかったんです。一眼レフで初めて買ったフィルムカメラは、Nikon FEですね。一眼レフは楽しかったです!

ファインダー越しで景色を見るのがすごく好きなんだって、そこでわかりました。でも最近は、デジタルにもいいところがあると思っています。暗い場所に強いので、夜に撮りたいときはデジタルも使っていますね。私は夜明けや夕暮れのような“境目”の時間帯が好きで、朝5時に撮りに行ったりもします。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」長年愛用していたNikon FE。壊れるまで使い込んだ思い入れのある一台です。



―星空や夕暮れの幻想的な写真は、そうして生まれているんですね。

岩倉:時間や天気や季節…いろんな偶然の重なりで、同じ場所でもまったく違う表情に見えるときがあるんです。地元の香川を撮る中で、「ここはこういう天気でこういう光の差し方で、この時期が一番きれいだろうな」と思ったところをチェックしていて、一番いいタイミングを狙って行きます。そういうことを頭の中で自然に考えてしまうんです。

 

 

SEASON 4 特別な場所は自分のすぐそばにある

~『さよならは青色』 “冬”の章より~

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」夜に降る雪は星空のようでした。

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」冬の空気が写った気がして、なんだかうれしい気持ちに。



―岩倉さんの写真を見ていると、香川に行ってみたくなりますね。地元のよさは昔から感じていたんですか?

岩倉:もともと地元の自然風景が好きで撮っていたんですが、“当たり前”だと思っていました。でも、その写真をSNSに投稿したら「香川ってすごくいいところ」という反響があって、自分の見ている景色が当たり前じゃないってことがわかったんです。

一番びっくりしたのが海ですね。地元は遠浅の海なので「海=遠浅」だと思っていたんですけど、海の写真をSNSにアップしたら反響が大きくて…。身近にある場所が特別なんだと気づいたんです。それから「もっとここを撮りたい」と思うようになっていきました。今でも全然撮り足りないくらいですよ。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」遠浅の瀬戸内の海。今までにこの海で見た一番の夕焼けでした。



―写真展「冬の青」では秋田で撮影されたと思いますが、地元以外の場所を撮影してあらためて地元のよさに気づくこともありましたか?

岩倉:地元のよさに気づくこともありましたが、どんなところでも“撮りたい景色”はあると感じました。

以前仕事で訪れた秋田では、長期滞在できなかったので「ここはこのとき撮ったらいいのに」と名残おしく帰ってきたんですが、その後もう一度呼んでいただいたときにリベンジしたところもありました。でも、またいいところを見つけてしまって、「このとき撮ったらいいのにな」と後ろ髪を引かれながら帰りましたね(笑)

それに最近は、都会には都会の魅力があると感じています。
昔は「都会って撮りたいものがないな」と思っていたんですけど、時間帯や光に意識を向けると、街明かりだったり、建物に当たる木漏れ日だったり、見方によって“いい場所”って実はものすごくいっぱいあるんだと思いますね。

―SNSでは海外や国内のフォトジェニックなスポットをたくさん見ることができますが、撮ってみたいと思う場所はありますか?

岩倉:日本の風景が好きなので、海外に撮りに行きたいという気持ちはあまりないんです。国内でも、有名な撮影スポットに行くより、映画や絵を見て「こういうシーンを写真でどうにか再現できないか」と思っていますね。自分の中にある光景がどこにあるのか探しに行きたいという気持ちが強いんだと思います。

―そういう感覚は写真を撮り始めた頃からあったんですか?

岩倉:高校時代はなかったですね。写真を撮り続けていくうちに、「見方を変えたら新しい切り取り方ができるんだ」って気づく瞬間があったんです。そのきっかけになった写真は、写真集にも入っていて…。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」

 


岩倉:
この写真は、友達が落ち葉を集めているシーンなんですけど、地面はただのアスファルトなんですね。でも、階段の上からファインダーをのぞいたときに、アスファルトが“夜空”に、落ち葉が“星”に見えたんです。それから見方や切り取り方をすごく意識するようになりましたね。“自分の視点”がないかを常に考えるようになったんです。

 

 

AFTER THE SEASON 岩倉さんと「写真」のこれから

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」朝起きたら一面の雪景色がうれしくて、パジャマにコートだけを羽織ってはしゃいだいつかの冬の写真です。



―写真をこれまで続けてきて、「写真」はどんな存在になっていますか?

岩倉:写真について思うことは、「残していきたい」というのが一番ですね。高校時代は、河川敷など学校の外で撮ることがほとんどで、外にばかり目が行っていました。でも、卒業してから「何で学校の中で撮らなかったのかな?」ってすごく思ったんです。環境が変わってからやっと「もう撮れない」ことに気づいて…。それからは「“今”は今しかない」と思って、とにかく残していきたいという想いでシャッターを切っています。

もう一つは、「みんなと同じ感覚」が大事なんだと思うんです。自分の生活している範囲内で見える「美しいな」と感じる光景を撮りたいという気持ちがすごくあって、自分の手の届く範囲で探せるものをこれからも撮っていきたいと思っています。

 

写真家・岩倉しおりさんインタビュー「自分の手が届く場所にある、美しい瞬間を残していきたい」たまたま通りかかった河川敷が春めいていて、思わずシャッターを切った一枚。

 


―だからこんなにも懐かしくて共感できるのかもしれませんね。最後に、読者の方にメッセージをお願いします。

岩倉:“身近”に目を向けてみてほしいですね。わざわざ遠くに行かなくても、自分の身のまわりにいいところが必ずあると思うので。自分にとっての大事なものを撮っていってほしいです。

私自身、年を重ねるごとに「いいな」と思うことが増えてきて、撮りたいものがどんどん増えています。写真を撮るのが楽しくて仕方ないんです。

 

写真提供:岩倉しおり(写真集『さよならは青色』より)、インタビュー写真:フジモリメグミ
写真集『さよならは青色』Amazon / 楽天ブックス

 

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岩倉しおり

岩倉しおり

香川県在住の写真家。うつろう季節の光をとらえたフィルム写真が反響を呼んでいる。地元、香川県で撮影した写真を中心にSNSで作品を発表する他、CDジャケットや書籍のカバー撮影、写真展の開催など幅広く活躍。2019年3月、初の写真集『さよならは青色』(KADOKAWA)を出版。