モデルさんの魅力を引き出したポートレート作品が人気のフォトグラファー・酒井貴弘さん(@sakaitakahiro_)。NICO STOPでもおなじみの酒井さんに、愛用レンズとそのレンズを使う理由をおうかがいします。
こんにちは、フォトグラファーの酒井貴弘です。
9/26に開催したライブ配信イベント「NICO STOP LIVE - ポートレート撮影の裏側 - 」はご覧いただけましたか? モデルさんとヘアメイクさん、スタッフのみなさんと一緒に世界観をつくり、50mm単焦点レンズ1本でのポートレート撮影をお届けしました。
今回は愛用している50mm単焦点レンズ「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S」について、どんなレンズで、何を撮りたいときに使っているのかをお話ししたいと思います。
ポートレート撮影に求めるレンズ
まずは、ポートレート撮影においてどんなレンズが適しているのか、また写りに焦点距離がどのように関係しているのか、僕なりの考えをお話ししたいと思います。
50mmはどんな場面でも撮れる万能レンズ
ポートレート撮影で50mm単焦点・望遠単焦点・広角単焦点を使う中で、特に50mm単焦点を愛用する理由は汎用性の高さです。
寄り引きを繰り返してバリエーションを出すことができ、寄っても引いてもゆがみや画角などに違和感がないため、自然ロケーションでもスタジオ撮影でも1本あればほとんどのことができる「万能レンズ」だと実感しています。
こちらは、50mm単焦点で撮った寄り写真と引き写真です。
左の写真では、かなり近づいても肉眼で見た自然な印象で、かつ臨場感のある表現で撮ることができました。右の写真では、広くダイナミックに背景を写しましたが、遠近感が誇張されることがないため、モデルさんの存在感と調和を図ることができます。
このように、人と背景の両方の写り方をコントロールして、調和のとれた自然な雰囲気で描けるのが50mmの魅力です。
ライブ配信イベントでは限られたスペースでの撮影でしたが、場所に制約がある中でも50mm単焦点なら寄り引きやアングルを自在に変えることができて、「いいな!」と感じた瞬間を直感のままに撮っていくことができます。撮影では常に持っていく、安心感を持って使えるレンズです。
特化した表現をしたいときの望遠・広角単焦点
一方で、望遠や広角の単焦点は特定の表現をしたいときに選択するレンズです。
- 望遠:狭めた画角と圧縮効果、大きなボケ味で、肉眼とは違う非現実的な写りにしたいとき
- 広角:目の前の景色を広く画角に入れ、一緒にいる感じの臨場感を強調したいとき
撮影では50mmを基準に、+αとしてこれらのレンズを使いわけています。
写真の中の「距離感」をつかめる単焦点
これからポートレート撮影をはじめたい方は、「距離感」をつかむ上で単焦点が断然オススメです。
「距離感」とは、被写体と撮影者との実際の距離のことではなく、写真の写り方だと考えています。左が50mm、右が35mmで撮影した写真です。注目してほしいのは、左側の階段と右側の道。35mmで撮った写真は遠近感が強調されています。
ズームレンズで撮影するときに、例えば「もう少し引いて撮りたい」と思った場合、自分は動かずズームリングで焦点距離だけ広角に変えてしまいがちです。そうすると、意図した以上にパースがついたり、周囲の情報が入りすぎたりして、写り方が大きく変わってしまいます。
写したい焦点距離の単焦点レンズで自分が動くことで、写真の中の距離感がつかめてくるんです。距離感が身につくと、自分の意図に合わせて寄り引きやレンズの選択がスムーズにできるので、いい瞬間を逃すことなく、テンポよく撮影することができます。
このとき50mmを基準にするとわかりやすいので、単焦点を使いはじめたい方にオススメのレンズです。
レンズで重要なのは描写力と軽さ
50mm単焦点を使うようになったのは2年前からですが、特に「撮りやすいレンズ」だと感じるようになったのは、NIKKOR Z 50mm f/1.8 Sを使いはじめてからです。
レンズで重視するのはもちろん繊細な描写力なのですが、それを追求するがあまり重くなってしまうと、撮影に支障が出てきてしまいます。2年前に購入した開放F値1.4の50mm単焦点は1kg近くありとても重くて、ずっと撮っていると疲れやすかったんです。
それに比べて、NIKKOR Z 50mm f/1.8 Sは約半分の重さで、とにかく軽いのが気に入っています。重さに気をとられずにアクティブに撮影ができて、50mmの特徴である寄り引きによるバリエーションを出すのがよりスムーズになりました。お互いが動きながら撮ることもできるようになったので、「動きのある写真」をとらえやすくなったと思います 。
解像感やボケ具合も優秀で、撮って出しの写りはまろやかな印象です。モデルさんをやわらかくナチュラルに撮りたいときに相性がいいと感じています。それに、 Z 6は液晶モニターの映りがきれいなので、セットで使うと撮影段階からテンションを上げてくれて、撮影がより楽しくなるんです!
いろんなレンズを経験してわかる50mmの 魅力
ポートレート撮影におけるレンズの使い方は、これまでいろんなレンズを使う中で身についていったことで、最初から50mmがしっくりきていたわけではないんです。
どのように50mm単焦点レンズにたどり着いたのか、自分のレンズ遍歴を少しひもといてみたいと思います。
50mm単焦点にたどり着くまでのレンズ遍歴
- ズームレンズ:28-75mm、70-200mm
- 単焦点レンズ:85mm
- 単焦点レンズ:50mm
フォトグラファーになりたての2016年、28-75mmと70-200mmのズームレンズからスタートしました。
知人に声をかけてもらったことがきっかけで写真館で働きだし、家族写真を撮影する中で「人を撮ること」が楽しくなり、プライベートでも人を撮るようになっていったんです。
2017年にポートレートを撮りはじめた頃の写真。
こちらは知人の撮影に同行させてもらったときに撮った写真ですが、写真館の撮影とは別物でした。
写真館ではお客さんに喜んでもらう写真を撮ることに努めます。一方で作品撮りでは、被写体と関係のない人が見てどのようにいいと思ってもらうかを考えます。笑顔を撮るだけではなく、作品としての美しさだったり、前後のストーリー性を感じて、見た人が写真と関係性を持てるようにしたい…。そのためには、事前に場所や服装を決めたり、撮影イメージを膨らませて、モデルさんと一緒につくっていくプロセスが不可欠です。難しさはありましたが、「楽しさ」が大きかったことを今も覚えています!
非現実的に写る85mmで撮影にのめりこむ
これを機にポートレート撮影をスタートするのですが、2~3か月も経つと最初にお話しした「距離感」をつかむために「単焦点で撮りたい」と思うように…。他の方の写真を見る中で中望遠に興味を持ち、その中でも特に気になって購入した85mm単焦点が、僕の初代「標準レンズ」になりました。
春の風を感じて。
— 酒井貴弘 (@sakaitakahiro_) 2018年4月10日
ちなみに今日は春の嵐らしいですね。#東京カメラ部 #portrait#ポートレート#ファインダー越しの私の世界 #写真好きな人と繋がりたい pic.twitter.com/oZ9HvIBvTo
85mmの狭めた写りと圧縮効果、単焦点の大きなボケ味による「肉眼では見えない非現実的な写り」が好きで、「今撮りたかったもの」だと思ったんです。
ざっくり言ってしまうと、85mmで撮ると「よく見えて、うまくなった気がする」。でも、ポートレートをはじめた当時の自分にとっては、それがモチベーションアップにもなりましたし、その写真を見て「自分も85mmを買いました」というコメントもいただいたりして。はじめた当初に、85mmでインパクトを与えるような写真を撮れたのはよかったと思います。
50mmは被写体と向き合うことに集中できる
50mmで撮るようになったきっかけを思い返すと、2年ほど前に街で歩きながらポートレート撮影をするようになってからです。もともと花や海のロケーションで撮ることが多かったのですが、他の人の写真をInstagramでチェックしているうちに、街ロケーションの写真に興味を持つようになりました。
ただ、望遠で被写体全身を写そうと思うとかなり離れないといけない…。その点50mmは、限られた場所でも寄りも引きも撮れるので、荷物を減らしたい街撮りに最適でした。歩きながらいい場所を探して、「ここがいい!」と感じた場所ですぐ撮れる感覚が、そのとき自分の求めていることにハマったんです。
写り方に関しては、肉眼で見た印象に近いため、「何を写すのか」を今まで以上に考えるようになりました。
モデルさんの全身を入れるのか、寄ってアップで撮るのか、真正面から撮るか横から撮るか、表情を上から撮るか下ら撮るか、背景をどのくらい入れるのか…。
50mmでは自分が動きながら被写体の魅力を探ることで、よりよい表情や、周囲環境も生かした雰囲気や佇まいなどに気づくことができて、表現の引き出しが増えていった実感があります。特に、アイデアが浮かんだらすぐ試してシャッターを切る…というイマジネーションを写真に変える瞬発力が身についたと思います。
僕の場合、望遠では狭まる写りや圧縮効果、広角では写りすぎる要素やパース・ゆがみなど、目の前の被写体以外の写真の写り方について意識することが多くなってしまうと感じています。その点、50mmは気をとられることがないのでシンプルに被写体と向き合えて、ファインダー越しにその人が発信してくれる魅力と“対話”をするようにシャッターを切っていくことができるんです。
直感のままに撮れる50mmで何を写したいか
1本でどんなシチュエーションにも対応できる万能レンズ「50mm単焦点」。このレンズを使うと、直感をそのまま写真に反映できる感覚があります。つまり、「自分がいいなと感じたものを、感じたままに写す」ことができると思っています。これは、「目の前にある世界をそのまま写す」とは大きく違います。
50mmで写したいものは、ドキュメンタリーとフィクションの間
僕が50mmで写したいのは、広角の“ドキュメンタリー的な写真”と望遠の“フィクション的な写真”の間に位置するものです。「絵」で例えると、50mmは「自分の感じたままに描く」のに対して、広角は要素を描きこんで忠実に再現する「模写」、望遠は要素を減らして特徴を強調する「デフォルメ」という感覚に近いと思います。50mmは世界観にしばられないからこそ、より自由に感じたままに撮れるんです。
写真のおもしろさは、現実をそのまま事実としてアウトプットするのではなく、現実の要素が組み合わされて新たな創作物として表現できるところだと考えています。
左はサンキャッチャーでできる虹を組み合わせて、右は窓ガラス越しに光の屈折や反射を取り入れて、現実の要素をミックスすることで生まれた表現です。これらは50mmだからこそ、近づいて手に持ったサンキャッチャーの光を調整したり、窓越しで声をかけてモデルさんの写り方を調整しながら、自然な雰囲気で切り取ることができました。
新たな創作物としての写真に美しさを感じたり、写っている人や風景に物語や記憶を重ねたり、心にすっと入りこみ見た人と写真との関係性が生まれていく…。僕の中では、50mmの写り方が一番それに合っていると思っています。
Photographer's Note
50mm単焦点は、寄り引きでバリエーションを出しやすいという撮影のしやすさに加えて、被写体と向き合い、思い描いたアイデアを直感のままに形にできるレンズだと感じています。
撮影で大事なのは「どんな写真を撮りたいか」です。そのとき、自分の軸があると、目的に合わせて「それより広角に/望遠に」と使いわけができて写真表現のバリエーションが広がっていくと思います。
「50mm単焦点レンズ」は僕にとっての軸なので、みなさんもいろいろと試して、ぜひ自分の撮りたい写真に合ったレンズをみつけてください!
ライブ配信の動画がアーカイブされました!
9/26に開催したライブ配信イベント「NICO STOP LIVE - ポートレート撮影の裏側 - 」の動画がアーカイブされました。見逃した方、もう一度ご覧になりたい方はぜひチェックしてください!
ライブ配信/Model:コヅエ(@cozue_52)、ヘアメイク:eri ito(@eri.ito_hairmake)
作例/Model:小山モモ(@nekura_ganbaro)、れいちょる(@reis_1024)、ayano(@ayano_4stone)、MiYaBi(@myb__611)、しお(@shio_jp_)、せー(@ __ks_se_)、misaki(ぼるぞい)(@borzoi.m)
Supported by L&MARK
酒井貴弘
長野県生まれ。東京在住のフォトグラファー。ポートレートを得意とし、広告写真や企業案件、ポートレートなどの撮影案件から雑誌掲載、WEBメディアでの執筆、写真教室やプリセットのプロデュースなど幅広く活躍。SNSでは約2年間で総フォロワー10万人を超えるなど、SNSでの強みも持っている。