岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

『Love Letter』『リリイ・シュシュのすべて』『花とアリス』『リップヴァンウィンクルの花嫁』など、数々の名作を手掛け、国内外に熱狂的ファンを持つ岩井俊二監督。美しい光や感情描写、独特の視点やカメラワーク…多層的で奥深い世界観が、写真家・岩倉しおりさんをはじめ数多くのフォトグラファーを魅了し、影響を与え続けています。人の心を揺り動かす、岩井監督の映像表現はどのように作り上げられているのでしょうか?

最新作『ラストレター』が2020年1月17日に公開されることを記念して、スペシャルインタビューをお届けします。

 

 

光に求めるのは、美しさよりも気持ちが届くかどうか

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

 

―これまでの作品を拝見していると、随所に登場する美しい光の描写が非常に印象的です。そういった描写はあらかじめイメージを固めて作りこんでいくのでしょうか?

岩井監督:いえ、いじりだすと不自然になっていくので、そんなに作りこんだりはしていないです。むしろ、「できるだけ自然に撮れたほうがいい」という想いはありますね。他の方はもっとしっかり撮ってシーンに入れていくと思うんですが、僕は意外と雑というか…。だから、「こんな光の絵があったはず」と思って撮影した映像を見返すと「なかった」ということがよくあります(笑)

―あくまで「自然」が前提にあるんですね。

岩井監督:「人工的な手を使ってでも、こういうふうに撮ろう」とは思わないですね。ロケハンに行って「この場所で撮るんだったら何時から何時までがいい」という指定はあります。一番そこがきれいな光になるはずだから…と。そこは人為的です。太陽は操作できなくても、時間は選べますから。

 

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

岩井監督:このシーンでここから光が入ってほしいという場合には、15分単位で時間指定して撮りに行くこともたまにありますよ。ただし、撮影日程には余裕がないのでうまく調整しながらです。夏の昼の時間は室内のシーンを撮って、朝と夕方を外にしたり。そういう細かい工夫をしています。

―監督は自転車でロケハンに行くこともあるそうですが、光がきれいな場所もご自身で見つけに行かれるんですか?

岩井監督:そういう場合もあります。でも、「どのシーンもきれいに撮ろう」と思っているわけではないので。「特別、光が必要なシーン」にこだわっていることが多いですね。

 

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

 

―光が印象的なシーンは、美しさ以上に「感情の機微」を感じるのですが、重要なシーンではエモーショナルな要素も光の描写に含ませているんでしょうか?

岩井監督:どんなに光がきれいでもマッチしない場合もあるので、そのシーンにマッチしていることが重要です。見ているのはどこから光が入ってくるかよりも、演者さんの顔がどういう光の状態になっているか。演者さんに当たる光を間違えると、感情が違ってしまったり、言葉がちゃんと届かなくなるんです。ここはこの光の具合が一番セリフが入ってくるか、気持ちが伝わるかを重視して調整しています。

 

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

 

―そのこだわりが、エモーショナルな光の描写につながっているんですね! 光に関してもう一つ印象的だったのが、時折入りこむフレアやゴーストです。これにも何か意図があるんでしょうか?

岩井監督:フレアやゴーストは本来写さないようにするものですが、あえて入るタイミングを狙うことがあります。それは、主観的な感情のシーンなど。物語を客観視するようなシーンでは逆に煩わしくなってしまうんですが、主観的なシーンでフレアやゴーストが入ることで、より「息づかい」を感じられると思っています。

―偶然すら必然に変えられているんですね!

 

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

 

シーン作りは計画以上に、その時々のインスピレーションで

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

 

―シーンの作りこみに関してはいかがでしょうか? 『花とアリス』では、桜の木の下での登校シーンやオーディションでバレエを踊るシーンなど、美しい映像に思わず見入ってしまいました。

岩井監督:思っているほど計画的ではないんですよ。実際に現場に行ってはじめて、どこまで撮れるかがわかるので。ロケハンはしたけど当日天候も違ったりして、「じゃあ別の場所で撮ろうか」ということは多々あります。それはフォトグラファーさんとも似てるんじゃないですか? 「ここいいじゃない!ここで撮ろう!」みたいな感じ(笑)

もちろん計画はするんですが、実際に何を撮るかは割とその瞬間のインスピレーションが大きかったりします。それが想像を超えることもありますし! 思い通りにいかなくて最悪撮り直すこともありますしね…。

 

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

―シーンの構想に別のジャンルのものが参考になることもありますか? 昔、漫画の持ちこみをされたそうですが、静止画として映像を構築することもあるんでしょうか。

岩井監督:アニメ映画はそういう部分もあるかもしれません。アニメは絵なので、静止画というより「絵」として考えます。漫画でいうコマ割りや吹き出しは映画の場合は台本だったりしますけど、物語を作る原理は一緒なのですごく共通するところはあって。漫画の新しい物語展開の技法が出てくると、「なるほど」と思ったりしますね。最近は『チェンソーマン』がおもしろいですよ!
※『チェンソーマン』(藤本タツキ、集英社):『週刊少年ジャンプ』で連載中のダークヒーローアクション。

―新しい技法を常にチェックされているんですね!

 

思い描いた表現を実現するための手法をいつも探している

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』©Rockwell Eyes

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』©Rockwell Eyes

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

『花とアリス』©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

 

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(1995)ではデジタルをフィルムらしく見える手法が駆使され、『花とアリス』(2004)ではムービーカメラのレンズ先端にハッセルブラッドを取り付けて撮影されたんだそうです。

 

―どこか懐かしかったり自己回顧するような作品はフィルムライクな印象なのですが、そういった画づくりにもこだわられてきたのでしょうか?

岩井監督:僕自身は特別なことをしているとは思っていなくて。写真でいえば、カメラをはじめる人が出会っていくいろんな技術があると思うんですが、同じようにそういった技術を自然に受け入れていっただけなんです。

大学生で本格的に映像を撮りはじめたんですが、最初はイメージ通りに撮れなくて…。他にうまく撮れている人の映像や自分でたまたまうまく映っちゃったものとかを、「これなんだろう?」と考えていくうちに段々違いがわかるようになっていきました。昔も今も、こんな機材を使ってみようとか、色調を調整してみようとか、実践を積み重ねてきたんです。

 

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

― 一眼レフの動画機能で『ヴァンパイア』を撮影されるなど、新たな試みをされていますね!

岩井監督:「何か新しいことをしたい」というより、「こういうものがあったらいいのに」「早く発売されないかな」と思ってることが多いですね。その一つが「一眼レフに動画機能がついたらすごい」ということでした。

ときどきお店にのぞきに行っては、「8コマ/秒まで行ったぞ。もうちょっとだな」と思っていた時期もありましたね。「24コマ/秒までいけば映画になるんだけどな」と思っていたら、ついに一眼レフに動画機能が出て。それで、『ヴァンパイア』のときに使ってみたんです。カメラメーカーとしてはブログなどに使ってほしかったみたいで、映画業界でこれほど騒がれるとは思っていなかったみたいですけどね(笑)

 

『ヴァンパイア』VAMPIRE©2011 Rockwell Eyes,Inc.All Rights Reserved.

『ヴァンパイア』VAMPIRE©2011 Rockwell Eyes,Inc.All Rights Reserved.

 

自分がやってはじめて、相手の意図やこだわりがわかる

―『ヴァンパイア』ではご自身でカメラを回すなど、撮影や照明なども自ら行うケースがあるそうですね。

岩井監督:もちろんやってもらえることに越したことはないんですが、例えば「今アップで撮ってるけど、なぜアップする必要があるのか」というのは知らないとわからないですよね。現場の最高責任者として、あらゆる技術を勉強しておかないと指示できないんですよ。

横で見ているだけではわからなくて、「自分で触ること」が大事だと思うんです。その機会を増やしておくことで、人に依頼するときや話し合いのときでもわかり合っている者同士ができるようになりますし、その人のこだわりを評価することもできますし。

 

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

―そのスタンスはいつ頃から?

岩井監督:学生時代に一人でやっていたので、そういうスタンスが身についているんでしょうね。でもプロになってからは、学生時代には経験したことのないものばかりで。なので、予算がある場合はスタッフにお願いして、予算がないときは…普通はスタッフにお願いするんでしょうが、あえて自分で機材を借りて自ら勉強していました。そうすると次にプロに頼むとき、こちらからアイデア出しもできますよね。そういうことを意識的にやっていました。

―そういった過程を経て、さまざまな撮影アプローチを映像表現に取りこんでいるんですね!

岩井監督:ただ、日本のドラマや一部の映画とは流儀が違うところもあったようです。例えば、昔のドラマの屋外撮影では、「外で顔にそんなに光が当たらないだろう」というシーンでもシルバーのレフで思い切り光を当てるのが当たり前で。若造だった僕が「やめてほしい」と言うと、「そんなことしたら顔が映らないよ」と言われて…。「映らないわけないじゃん」と思ったんですけどね(笑)

 

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

岩井監督:そういうときに、スチールカメラの技術や撮り方からいろんなアイデアをもらって、映像作りの参考にさせてもらいました。今もスチールのフォトグラファーに動画を撮ってもらうことを試したりするんですが、光の考え方ひとつをとっても発想が全然違いますよ。どちらかというと、そういう写真的感覚に自分は合っているんじゃないかなと思いますね。

 

イマジネーションをすぐ形にできる写真がうらやましい

―過去の作品を拝見すると、「写真」や「カメラ」が重要シーンで登場するように感じました。監督にとって、「写真」や「写真を撮ること」にはどのような意味があるのでしょうか?

岩井監督:「登場人物がそこに行ったら記念撮影するだろうな」だったり、“日常の中にあるもの”という発想だったんだと思います。カメラは自分の手近にありますし、わかっているからこそ使いやすいっていうのがあるんでしょうね。僕は、趣味で日常を撮ることはあまりなくて、ロケハンで撮ることが一番多いかもしれないです。

 

写真やカメラの登場シーン

  • 『Love Letter』:左足を骨折した陸上部の少年・藤井樹が、陸上大会に乱入する光景をカメラ越しで目の当たりにする少女・藤井樹。

『Love Letter』©フジテレビジョン

©フジテレビジョン

 

  • 『リップヴァンウィンクルの花嫁』:七海と真白がドレスを着て写真撮影を終えた後に、重要シーンへと展開。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』©RVWフィルムパートナーズ

©RVWフィルムパートナーズ

 

  • 最新作『ラストレター』:乙坂鏡史郎がフィルムカメラで母校を撮影しているときに、ある人物と出会うことから物語が大きく動き出す。

 

―静止画ではありますが、同じ映像表現として写真についてどのように感じていらっしゃいますか?

岩井監督:写真家ではないのでえらそうなことは言えないですが、「写真」はうらやましいです。「こういうイメージで撮りたい」「こんなイマジネーションでシーンを作りたい」と思い描いたら、それを「撮ること」で表現できるじゃないですか。映画はそうもいかなくて…。「物語」がそのシーンにやってこないと成立しないんですよ。シーン優先で無理してもよくないので、「今回は諦めよう」ということが多々ありましたね。

 

『ヴァンパイア』VAMPIRE©2011 Rockwell Eyes,Inc.All Rights Reserved.

『ヴァンパイア』VAMPIRE©2011 Rockwell Eyes,Inc.All Rights Reserved.

 

岩井監督:一例を出すと、『ヴァンパイア』で主人公の母親が体にたくさんの白い風船をつけているシーンがあるんですが、もともとは『リリイ・シュシュのすべて』でやりたかったアイデアなんです。現場にずっとあのイラストを貼っていたんですけど、結局一度もそのシーンに遭遇せずに終わってしまいました(笑)

それぐらい諦めることが多いんです。『ヴァンパイア』でたまたま使えたのでよかったんですが、永遠にたどり着かないときもあります。そういう意味で、直感をそのまま表現できる写真はうらやましいです!

―それは意外でした…! その「写真」表現を日々探求している方に向けて、ぜひメッセージをお願いします。

 

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

岩井監督:思いついたイメージをどんどん形にしていけることが「写真の特異性」だと思うので、自由に躊躇なくやってほしいです。それは、フォトグラファーに限らず、すべてのクリエイターに言えることですが、探求も試行錯誤も失敗もいっぱいしてもらって、自分の表現を見つけていくことが一番いいんじゃないかなと思いますね。

 

岩井俊二監督からのメッセージ

岩井俊二監督インタビュー - 自然の光で描き出す、人間の感情表現

 

TOPICS:映画『ラストレター』2020年1月17日(金)より全国東宝系にて公開!

岩井俊二監督の最新作『ラストレター』が2020年1月17日に公開になります。

宮城を舞台に、勘違いではじまる手紙のやりとりから現在と過去が交差していく物語。繊細な感情描写や青春時代とリアルな現在との対比、エモーショナルな光の表情やどこか懐かしい風景、独特なカメラワークやドローンを使った空から見守るような視点…など。すべてが一体となり、夏の淡くほろ苦くも美しい物語が丁寧に描かれています。

インタビューから見えてきた、映画に対する監督の想いの一つ一つが、まさに集約された作品です!

 

©2020「ラストレター」製作委員会

©2020「ラストレター」製作委員会

公開日:2020年1月17日
監督・原作・脚本・編集:岩井俊二
出演:松たか子/広瀬すず/庵野秀明/森七菜/神木隆之介/福山雅治 他
https://last-letter-movie.jp

 

協力:株式会社ロックウェルアイズ、東宝株式会社
インタビュー写真:浜村菜月(LOVABLE)
Supported by L&MARK

 

 

Interviewee

岩井俊二監督

岩井俊二

映画監督、映像作家、脚本家、音楽家。1993年、オムニバスドラマ『ifもしも~打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』で、日本映画監督協会新人賞を受賞。1994年『undo』で映画監督デビュー。1995年、長編映画『Love Letter』は、アジア各国で公開され評判を得る。以降も、ショートムービー、ドキュメンタリー、アメリカ映画、アニメーションと数々の作品を手掛ける。

 

 

【岩井俊二監督作品情報】

『Love Letter』©フジテレビジョン

 

『Love Letter』
監督・脚本:岩井俊二
発売元:フジテレビジョン/キングレコード
販売元:キングレコード
価格:Blu-ray ¥4,800+税
DVD:¥3,800+税
©フジテレビジョン

『リリイ・シュシュのすべて』©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

 

『リリイ・シュシュのすべて』
監督:岩井俊二
主演:市原隼人・忍成修吾
品番:NNB-0003
発売・販売元:ノーマンズ・ノーズ
価格:Blu-ray ¥3,800+税
©2001 LILY CHOU-CHOU PARTNERS

『花とアリス』2004 Rockwell Eyes・H&A Project

 

『花とアリス』
監督:岩井俊二
主演:鈴木杏・蒼井優・郭智博
品番:NNB-0004
発売・販売元:ノーマンズ・ノーズ
価格:Blu-ray ¥3,800+税
©2004 Rockwell Eyes・H&A Project

『ヴァンパイア』VAMPIRE©2011 Rockwell Eyes,Inc.All Rights Reserved.

 

『ヴァンパイア』
発売・販売元:ポニーキャニオン
価格:Blu-ray ¥5,800(本体)+税
DVD ¥4,700(本体)+税
VAMPIRE©2011 Rockwell Eyes,Inc.All Rights Reserved.

『リップヴァンウィンクルの花嫁』©RVWフィルムパートナーズ

 

『リップヴァンウィンクルの花嫁』
発売・販売元:ポニーキャニオン
価格:Blu-ray プレミアムボックス ¥13,000 (本体)+税
Blu-ray ¥4,700 (本体)+税
DVD ¥3,800(本体)+税
©RVWフィルムパートナーズ