オールドレンズとは、その名の通り古いタイプのレンズのこと。フィルムカメラ時代に設計されたレンズのことで、主にマニュアルフォーカスのものが多く現行レンズにはない柔らかな味わいを表現ができるのが特徴です。
これまでNICO STOPではオールドレンズを使った写真表現を紹介してきましたが、実は映像の世界でも表現の幅を広げるアイテムとして需要が増えてきています。
今回は、ミュージックビデオやファッションムービー・企業広告など数多くの映像作品を手がけており、フィルム等でのスチール撮影でも活躍しているMoviedirector/Photographerの松永つぐみさん(@x_fanpy/x_fanpy)もオールドレンズを愛用する一人。今回はそんな松永さんに、ニコンのオールドレンズを使用して映像作品を制作していただきました。
作品のテーマは、日常の中にある「いのち」。
普遍的な何気ない風景の中に息づく生命の躍動を、フィルムライクなテイストの映像で表現しています。使用したオールドレンズは以下の4本です。
AI NIKKOR 35mm f/1.4S
AI NIKKOR 50mm f/1.4S
AI NIKKOR 85mm f2
AI Micro-NIKKOR 105mm f/2.8S
カメラ:Nikon Z 6II
マウントアダプター:FTZ II
エッジを柔らかく表現する為にパールセントフィルターを全シーンにわたって使用。
「淡くて柔らかい雰囲気の中にも、エモーショナルな感情の機微が表現できたら。こういった世界観を表現するのに、オールドレンズはぴったりだと思います」と語る松永さん。そんな松永さんに、レンズの魅力や撮影する時のポイントなどをお伺いしました。
1本ごとに違う個性が楽しめるオールドレンズ
―今回、4本のオールドレンズを使ってオリジナルの映像作品を制作していただきましたが、いかがでしたか?
松永:作品のテーマは、日常の何気ないシーンから感じられる「いのち」です。コントラストを抑えたフィルムライクなトーンで、エモーショナルな表現をしようと思いました。
オールドレンズは古いレンズということもあり、保存状態などによって1本1本、個性が違うのが大きな魅力です。その分、好みが分かれるとは思うのですが、私はとても好きですね。
手に入れてから、その特徴を自分自身で使ってみながら体感していくのが楽しいというか。計算しつくされていない面白さがあって、とても個性的で。画一的な性質をもつモノではなく、生き物に対する愛着のようなものを感じてしまいます。
松永:たとえば、オールドレンズならではの魅力としてフレアが綺麗に入りやすいことがありますが、フレアの出方は1本1本違うんですよね。だから、オールドレンズで撮影するときは、一期一会の表現を大切にしています。
このシーンにある虹のハレーションのようなフレアもこのレンズならではの出方で、計算して作り出したわけではないんですよね。もちろん、ある程度レンズを使っていればそのレンズならではの癖が分かり、フレアが出る想定で撮影しています。
でも、「虹を入れたい」と狙って撮ったわけではないんです。
同じ条件で撮影しても虹が出ないレンズもあるし、その代わりに違った面白いフレアが出る可能性もある。その時々で様々な表現と出会えるのが、オールドレンズの魅力ですね。
フレアやゴーストで、エモーショナルで動きのある映像に
―フレアが綺麗に入るというお話がありましたが、どんなシーンで使うのが効果的ですか。
松永:感情の高ぶりなどといったエモーショナルな雰囲気を演出したい時に、フレアで表現することが多いです。きれいな光に出会った時には、「せっかくだからオールドレンズでも撮ってみよう」と、レンズを変えて撮影することもあります。
―では、フレアがきれいに出ているお気に入りのシーンを教えていただけますか。
松永:作品終盤のラストシーンはフレアが入り、気に入っています。エモーショナルな表現を狙い、長めの尺でフレアを映し出しました。
松永:フレアを出すコツは、レンズを光に向けること。なのですが、実はこの時に使用したレンズはオールドレンズにしてはフレアが入りにくいタイプのものだったんです。だから、このシーンではなおさら光を意識して直射を狙っていますね。
―作品のラストにふさわしい、印象に残る感動的なシーンですよね。ほかに、フレアを印象的に見せるコツはありますか。
松永:試していただきたいのが、フレアのきらめきに変化をつけていくことです。
たとえば…『木漏れ日からフレアが生まれ、光の動きとともにゆらめき、消えていく。』という”一連の光の動き”をじっくり見せていくという表現は、動画ならではの表現ですしその場の空気感や雰囲気も出せるので個人的にもよく使用しています。
淡くやさしいトーンを生かすために、光を意識する
―オールドレンズの特徴に、「淡いトーン」も挙げられます。松永さんの作品の世界観にもつながる表現かと思っているのですが、これについてはいかがでしょうか?
松永:そうですね。コントラストが弱く、パキッとした鋭い印象にならないところが気に入っています。ふわっと柔らかい光の中で、日常がより印象的に見えたり、雰囲気も表現できたり。
松永:このシーンも、彩度を落とした淡いトーンでやさしい印象になるように撮影しました。被写体に選んだのは、波打ち際の波や泡。静かなトーンの中にもそこから生まれる変化を捉えて、生命力を感じさせたいと思いました。この淡い感じはオールドレンズならではですね。
―コントラストが弱い=印象の薄い映像になってしまうという懸念もありそうですが、撮影する時に気をつけているポイントはありますか?
松永:私はソリッドな印象のものよりもローコントラストの映像のほうが好きで、そういった映像を撮影することが多いのですが、言われてみると確かに映像全体でメリハリはなくなってしまうのかもしれません。強いて言えば、ポイントは光と影を感じることでしょうか。
たとえば、見せたいポイントに光を当てるようにしたり、影で被写体の動きを表現してみたり。光と影のバランスを変化させることで、伝えたいメッセージがよりいっそう強調されると思います。
松永:このシーンも、最初は全体的に直射日光が当たっていたのですが、2人が手を繋いだ瞬間に手の位置によって影が動いたり、指輪のきらめきが見えたり。光と影が変化することで、被写体の二人の関係性やエモーショナルな部分も表現することが出来ると思っています。
―光と影の動きをシーンで見せていく。動画ならではの表現ですね。
松永:そうですね。描写という意味でいえば、動画も写真も基本的に同じではありますが。光と影が動いている時間の流れや空気感の変化、軌道の面白さなどは、1枚の写真だけではなかなか表現出来ません。
光を使うことで、普段は着目しないような部分にフォーカスを当てることができるはずなのではないかと思っています。
光をうまく捉えることが、動画の大事なポイントなのかもしれません。
美しいボケ感は、視点にヌケをもたらす
―淡いトーンとともに、ボケ感についても聞かせてください。松永さんの作品には欠かせない表現だと思うのですが、今回使用したオールドレンズのボケ感はいかがでしたか。
松永:今回使ったレンズでも、ボケ感は意識して撮影しています。ボケ感と淡いトーンの組み合わせは気に入っているのですが、ボケ感自体はオールドレンズだから味があるというより、チョイスするレンズの焦点距離によるのかなという印象はあります。
マクロレンズだとより効果的にボケ感を出せるので、今回はマクロレンズも1本使っていて、AI Micro-NIKKOR 105mm f/2.8Sを使用させていただきました。
松永:たとえばこのシーンは、砂浜に落ちていた貝殻に海水が入っているのを撮ったものです。
この被写体を見つけた時に「水に反射した光が、とても神秘的できれいだな」と感じたので、あえて貝殻自体にはピントを合わせず、水面にフォーカスを当てることにしました。
なので、奥をぼかしたいというよりも、強調したい被写体を際立たせたいという狙いが強いかもしれません。また、この画角は人間の視覚ではなかなか見れない視点なので、「日常を非日常な視点で見る」といった不思議な感覚も呼び寄せてくれます。
―意図的に、どこにもピントを合わせていないシーンもありましたね。
松永:はい。このシーンは、都会の雑踏を撮影しています。人の姿がはっきりとしないぼんやりとした映像ですが、人々が行き交う空気感を象徴的に表現しようと考えました。
こういったふわっとした印象をボケ感で表現する時にも、エッジが立ち過ぎないオールドレンズが合っていると思います。
―このシーンも、緑の中にオレンジのポピーがポツンと1輪だけ咲いている姿が、なんともいとおしく思えました。
松永:この風景に出会った時、この空気感と緑と花とコンクリートのバランスを儚げ
に表現したいと思いました。なので、あえて寄り過ぎないで撮影をしようと考えました。
撮影する時には、頭の中に浮かぶイメージから逆算して、レンズや被写体までの距離をチョイスするようにしているのですが、このカットは想像していたようなボケ感が出せたと思います。
画角とボケ感で選ぶ! それぞれのレンズの特徴
―狙いたいボケ感によって、レンズを選ぶことも大事なのですよね。では、今回使ったレンズの特徴を教えていただけますか。
松永:今回は、AI NIKKOR 35mm f/1.4SからAI Micro-NIKKOR 105mm f/2.8Sまで、焦点距離の違う4本のレンズを使用しました。
松永:一番ワイドなAI NIKKOR 35mm f/1.4Sは、実際に人が見ている画角に近いレンズだと思ってます。風景を広めに切り取りたい時や、写実的な表現をしたい時に使っています。たとえばこのシーンは、奥にある壁に映し出された影のゆらめきを印象的に見せたいと考えて、手前の緑にボケ感が出るように意識しました。
松永:AI NIKKOR 50mm f/1.4Sも人の視野に近い画角ではありますが、35㎜よりも被写界深度が少し浅くなるのがポイントです。自然に見える画角で、ボケ感の雰囲気をより出したい時に使うことが多いですね。
松永:さらに、ボケ感をアップさせたい時には、AI Nikkor 85mm f2を使用しています。今回使ったレンズの中で一番好きなボケ感で、自分自身の作品でも使用頻度が一番高い画角ですね。クモを主役に、目線が抜けた先には緑の中にピンク色のツツジの花。ローコントラストの画面にビビットな色味があると変に主張してしまうので普段はあまり選ばないのですが、このボケ感のおかげでその主張がうまく和らいでいると思います。
松永:マクロレンズであるAI Micro-NIKKOR 105mm f/2.8Sは、思いきり近づいて撮影できるので、実際に目で見ている感覚にはない映像が撮れるのが魅力です。近寄るとピントの合う範囲も狭くなり、その分、ボケ感もはっきりと出せると思っています。フォーカスするポイントを動かして見える景色を変えてみるのも面白いと思います。
個性の光るオールドレンズでもっと自由な表現を
―オールドレンズでの撮影はマニュアルフォーカスが前提となりますが、その際の注意点などはありますか?
松永:新しいレンズよりも淡くやわらかく写るので、ピントを合わせるのが少し難しいですが、オートフォーカスで選んだピントの位置ではなく、違うところに焦点を当ててさらにそこからフォーカスを動かしてシーンをつなげてみるということも出来るので。これはマニュアルフォーカスで、かつ動画ならではの表現の醍醐味だと思います。
―必ずしも”ピントが合っているから正解なわけではない”ということですね?
松永:そうですね。どこにフォーカスを当てるか、自分自身の意思や感覚で自由に変えてみる。それだけでも、面白い動画表現ができると思います。
私自身も普段からすべて、基本的にはマニュアルフォーカスで撮影しています。同じ画角・同じ構図でも、ピントを変えるだけで表現できる世界観は大きく変わります。
今は機械が選んでくれたままに撮るオートフォーカスに慣れている方が多いかと思いますが、マニュアルフォーカスに挑戦して、ぜひ自分だけの映像を発見することを楽しんでもらえたらと思っています。
―今回はオールドレンズの魅力をたっぷり語っていただきました。最後に、オールドレンズで動画撮影にチャレンジしてみようという読者へのメッセージをお願いします。
松永:オールドレンズは、古いレンズゆえに少し歪んでいたり、キズが入っていたりなど、1本としてまったく同じレンズはありません。そして、フレアの出方やトーン、ボケ感などは1本1本独特で個性的なものだと思っています。ぜひ自分に合ったレンズを見つけて、オリジナルの表現に楽しんでいただけたらと思います。
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MONA
2013年に結婚式の撮影からカメラマンとしてのキャリアをスタートし、550組の結婚式に携わる。2019年上京と同時に独立。『カメラを通して人生を温める』をコンセプトに掲げ、ウェディングフォトを中心に撮影を行いながら、雑誌や取材、広告、youtube撮影など幅広く活動。趣味としても日頃感じたことを動画にして発信している。飾りすぎず、気取らずありのままの空気を切り取るのが得意。
pitaco
Vook 教育事業部所属 & 動画編集講師 ← 保育園栄養士 ← TV報道番組AD。映像クリエイター向けコンテンツプラットフォームVookにてセミナーやイベントのディレクションを担当。女性コミュニティや自治体、大学などで講師活動を積極的に行う。「スマホでできる動画編集」を軸に、幅広い層にVlogの作り方などを伝えている。
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※この記事は、2022年5月13日に取材したものです。
Videographer
松永つぐみ
1993 年生まれ。抽象的な価値観を映像や写真で具現化する事を目標として活動。 広告や MV、ファッションフブランドの映像などを手がけつつ、 ムービーだけでなくフィルム等でのスチール撮影でも活動している。